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我が家ではほとんどの場合、4合瓶でなく一升瓶でお酒を飲みます。
ふたりで飲むと量が足りないから……(笑)、とかそんなことではありません。
お酒の味が日々変わっていくのが楽しいからです。
何年も前、『日置桜』の「強力純米吟醸」、多分10BYとか11BYを最初に飲んだときのことです。
開けたては、ちょっと塩水みたいでした。味わいがシーンとしている。ご飯が炊けていると思って炊飯器を開けたら、炊飯スイッチを押すのを忘れていて、炊飯器の中で生米がシーンとしているあの感じ。
閉じているともいえるし、若すぎて渋いともいえる味。
何だかよくわからない。これが正直な感想でした。
でも、ちょっと忘れた頃、そこらへんに放っておいて半年近くして飲んだら、精悍な旨みと輪郭のはっきりした酸が骨格を作り、スパッと切れる素晴らしいお酒になっていました。
『日置桜』の山根さんにちょっとそんなことを話したら、穏やかな口調で「残り1合からの酒と呼んでください」。かっこよすぎでした。
こういうお酒を飲むと、なんだか嬉しくなってしまいます。
渋いお酒がすこしずつ開いていくのを待つのも私は好きです。
渋い頃は、ちょっと香りのある春の野菜や脂のある食材にあわせて……、たらの芽、フキノトウやきのこ類の天婦羅がいいかなとか。
ちょっと熟成して少し旨みが出てきたら、煮物にあわせようとか。
もっと熟成したら、すき焼きまでいけちゃうだろうか……なんて考えながら、一升瓶のお酒をそのまま飲んだり温めて飲んだり。
一升瓶一本のお酒の一生に付き合っていこう、そんな風に思います。
今あるお酒のこの味わいが、お酒の一生のどこら辺に位置するのかな? そんなことを考えながら飲むことも、ひとつの楽しみ方。お酒の持つ生命力を感じながら飲むお酒って、また素敵。
しっかり造られたお酒だからこそできる、贅沢な楽しみ方です。
京子
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