|
私は杜氏さんの“手”が好きです。
20代の頃は細くてきれいな指をした“手”が好きでしたが、今は仕事をするしっかりした“手”が好きです。
もう8年くらい前の話ですが、お酒の試飲会に行ったときのことです。
個人的に好きなお酒の蔵のブースに、「現代の名工」である杜氏さんがいらしていました。
まだまだ酒造りの知識もない私ときちんと造りの話をして、最後にやさしく、でも力強く握手をしてくださり、そのときの“手”の感触は忘れられないものになりました。
力仕事をされるのでぽったりと厚みがあり、でも麹を触るからでしょうか、しっとりすべすべしていて、包み込まれるように暖かくやわらかい、なんともいえない感触でした。
そのときから、日本酒、焼酎問わず、お酒を造る方たちに会うと、なんとなく“手”に目がいってしまいます。
杜氏さんの“手”は、それぞれ表情を持っています。
ある麦焼酎の蔵元さんは、人さし指の側面の皮が、普通の人の指の2倍くらい盛り上がっていて、聞くと釜の温度を指で計るからだと教えてくれました。
あるお酒の会では、杜氏さん自ら燗をつけていて、ちろりを暖めては人一倍大きな“手”で包み込むように大事に大事に温度をみていました。その様子が、本当にお酒をいとおしんでいるようで、その手元に見とれてしまいました。
自営田で農作業もされる蔵元さんの“手”は、お顔と背格好のスマートさに反して、日に焼けてがっぷりと厚みがありました。
逞しく、つややかで、繊細な作業もこなす器用さをも持ちあわせた“手”。この方のお酒を造ってきた歴史がこの“手”なんだと思うと、わけもなく見惚れてしまいます。
じーっと自分の“手”を見つめられて、杜氏さん、蔵元さんはかなり気持ち悪いですよね。
でもその人が生きてきた歴史がその人の顔の表情にでているように、“手”にだって歴史があり、表情があるように感じてしまうのです。
この“手”は、奈良の『睡龍』を醸す久保本家酒造の加藤杜氏です。
加藤杜氏の“手”の歴史はいろいろなところで語られているので……省略。
(私の知らないことを書くのも気が引けますし……)
「生酛」にこだわりつづける加藤杜氏のお酒を私が最初に飲んだのは3年半ほど前です。15BY『睡龍』でした。
渋く辛い、でも繊細なお酒の味わいの中に、飲む人の心にまっすぐ届く造り手の「意志」というようなものを強く感じました。今でも私の好きな晩酌酒です。
京子

|